Kako no News(カコニュー)
1989年11月10日
Kako no News(カコニュー)

激動の歴史が動いた日

東ドイツ市民の大量出国の事態にさらされた東ドイツ政府が旅行及び国外移住の大幅な規制緩和の政令を発表したことを受け、その日の夜にベルリン市民が殺到し混乱の中で国境検問所が開放され、この日の朝にベルリンの壁の撤去作業が始まった。これにより、東西ベルリンが遮断されてきた東西分断の歴史は終結に向かい、この事件を皮切りに東欧諸国では社会主義政権が続々と倒されていくことになった。

同日、ブルガリアでは共産党書記長のトドル・ジフコフが失脚した。これを機にブルガリアでも民主化が始まり、一党独裁の放棄を余儀なくされた結果、民主化へと向かうことになった。

また、福岡拘置所で1名の死刑が執行された。この後、国際連合が死刑撤廃を掲げた国際規約の第2選択議定書を採択した影響もあり、数年間にわたって日本国内で死刑が全く執行されない期間が生じることになった。

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