1989年11月9日
中国の指導体制刷新とベルリンの壁の開放
中国共産党中央委員会第5回全体会議で、鄧小平中央軍事委員会主席の辞任と、後任に江沢民総書記が就くことが発表されました。あわせて、天安門事件で失脚した趙紫陽の後任として楊尚昆が就くことも発表されました。
同じ日、東ドイツでは中央ヨーロッパ時間18時の記者会見でのギュンター・シャボフスキーの勘違いによる発言をきっかけに、東ドイツ市民がベルリンの壁を含む国境線を直ちに通行できるようになりました。
出典
- 日本語版Wikipedia「1989年」(CC BY-SA 4.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/1989年
- 日本語版Wikipedia「中国共産党中央委員会」(CC BY-SA 4.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/中国共産党中央委員会
- 日本語版Wikipedia「鄧小平」(CC BY-SA 4.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/鄧小平
- 日本語版Wikipedia「ドイツ民主共和国」(CC BY-SA 4.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/ドイツ民主共和国
- 日本語版Wikipedia「中央ヨーロッパ時間」(CC BY-SA 4.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/中央ヨーロッパ時間